【書評】月と六ペンス

月と六ペンス (新潮文庫)

 

以前どこかでこの著者の名前を何かの名言で見た気がして、名前をなんとなく記憶していた中で、アマゾンで調べたらこれが代表作だったので読んでみることにした。

 

一言でいうと、不思議な味わいがある本。ゴーギャンというかの有名な画家をモチーフに描いた小説。主人公の破綻した性格と圧倒的な芸術の才能、その才能に惹かれ主人公に尽くす一人の男、そしてその男を振って妖しげな主人公の元への走ってしまったその男の妻、そして第三者としてすべての人たちとかかわって解説する「私」。それぞれが織りなす展開が読ませる。

とはいえ、やはり一番は主人公であるストリックランドの存在感だろう。彼の圧倒的な書きたいという欲求には何も通じない。また、その欲求があまりに強いためにストリックランドは何にも動じない。例えば、ストリックランドは絵を描くためにパリに行くが、奥さんを捨て置いて出てしまい、それに対して「私」が奥さんの代わりに非難の言葉を浴びせかけているのが以下のやり取り。


私「あなたがこんな仕打ちをするのは奥様に非があるからですか?」
ストリックランド「いいや」
私「奥様に不満が?」
ストリックランド「ない」
私「じゃあ、こんな風に奥様を捨てるなんてひどい。17年も結婚していたんですし、向こうには何も非がないんですから」
ストリックランド「その通りだ」
ストリックランド「それで?」
私「わかってらっしゃるようですから、これ以上言うべきことはありません」
ストリックランド「だろうな」

もはやコントである。でもこんなやり取りからでもこの主人公の異常さが際立っている。ただこの本の不思議でいてかつ心地が良い感じは自分の下手な文章ではなく、本物を見て味わってほしいと思う。

あと、著者がヨーロッパの人だからか、鋭い恋愛についての考え方も随所に拝見される。そのあたりも個人的には気になった。
P195「自分が愛していないのに、自分を愛してやまない男の前で女はただただ苛立ちを募らせる」
なんか男女の性質を深く洞察しているなと思う。女の人になんだかんだ受け身な人が多いのはなんだかんだ相手に支配されているほうが心地よいという倒錯した感情があるからではないか。だから、愛を受ける立場が男の場合だと、それはうまくいくんだろう。恋愛において両方の愛が同じということはめったにないということ。